いまや北海道名物といえば、ラーメンやジンギスカンと並んで上位に挙げられる、札幌生まれの名物料理「スープカレー」。
その一度ハマると抜けられない麻薬的なおいしさ、そして独特の食文化、とくに音楽と密接に結びついた「食べるサブカルチャー」ともいうべき文化の魅力、そして抗いがたい吸引力をもつその魔力について語りたい。
- イントロダクション
- マジックスパイス下北沢店(東京都世田谷区)
- ピカンティ(札幌市北区)
- スープカリーイエロー(札幌市中央区)
- 村上カレー店プルプル(札幌市中央区)
- スリランカ狂我国(閉店・札幌市中央区)
- ATMAN(札幌市中央区)
- そのほか おいしかった札幌のお店
- 食べるサブカルチャー:音楽と密接に結びついた独自の食文化
- 『Sapporo Soup Curry Music』
イントロダクション
『包丁人味平』鼻田香作のブラックカレー
president.jp子供の頃からカレーは好きな食べ物ではありました。
母が作ってくれるハウスバーモントカレー、学校のキャンプでわいわい言いながら作る大鍋カレー。
子供の頃は外食する機会はほとんどなかったけど、学生になって上京してからは、本格的なタイカレーやインドカレーの専門店で、それまで知らなかったカレーの世界を知るようになった。
その頃、仲間うちで流行ったのが『包丁人味平』。いまではあまたある料理まんが・グルメまんがの先駆けになったような作品で、ひとことで説明するのは難しいが、荒唐無稽で野放図なパワーと読者を引きつけてやまない魅力がある。
巨大なマグロを解体するときにマグロの全身の「ツボ」に出刃包丁を突き刺してダイナマイトで爆発させて解体するという話とか。まーばかばかしいんだけどおもしろい。
そんな『包丁人味平』全編のなかでも白眉といえるのが「カレー戦争」。
「カレー将軍 鼻田香作」というのが味平のライバル。鼻田は6000種ものスパイスをかぎわける力を持っており、彼が世界中のあらゆるスパイスを駆使して完成した世界でただひとつのカレー、それが「ブラックカレー」!
このブラックカレーを食べはじめると、まるで催眠術にかかったように我を忘れてスプーンを口に運んでしまい、ポワーンとしたサイケデリックな感覚に包まれる。
だが、このカレー将軍鼻田と主人公の味平とのカレー対決は、鼻田の敗北に終わる。
カレーのスパイスのなかには麻薬に近い成分が入っており、そんなスパイスに慣れ親しんでいた鼻田は、いつのまにか麻薬中毒になっていたのだ……
狂った鼻田は、
「俺は神様よ そうカレーの神様さ クアーッカッカッカカカ」
「さあみなの者、このカレーの神様の足元にひざまづくのだ」
「俺は神様だ クァーッカッカカカカカ 神だーっ」
と絶叫し、救急車で運ばれていく。
まーなんというか、全編ツッコミどころ満載のこの『包丁人味平』、原作の牛次郎と漫画のビッグ錠というコンビはその後も快進撃を続け、80年代には『スーパーくいしん坊』というこれまた奇想天外な料理まんがをヒットさせる。
しかし、このビッグ錠の絵柄には、「食べ物のまんがなのに食べ物の絵がまずそう」という非常に重大かつ致命的な欠点があり、えーまあ語りだすときりがないので、その話はまた別の機会に。
この牛次郎とビッグ錠の荒唐無稽さをマイルドに洗練させたのが雁屋哲と花咲アキラによる1983年の『美味しんぼ』である、みたいな話もしたいんだが、本題に戻りましょう。
大人になってからタイカレーやインドカレーの魅力を知り、神保町のカレー名店めぐりなんかもしたんだけど、さすがにこの鼻田香作のブラックカレーのようなハマり方をするカレーには出会ったことがなかった。
まああれはフィクションだし、そんなの現実にあるわけないでしょ、と思っていたが……
しかし、ブラックカレーのような魔力をもつカレーは実在した!
マジックスパイス下北沢店(東京都世田谷区)
高揚と覚醒 サイケデリック異次元空間
www.magicspice.netその昔、下北沢に住んでいた頃、友達から「なんかシモキタにすごいカレー屋ができたらしい」という噂を聞いて行ってみたのが「マジックスパイス」。
エキゾチックな外観と内装、店内に流れるアジアンポップス、入口に鎮座するでっかいガネーシャといったビジュアルも強烈だったが、舌と胃袋をブン殴られるような衝撃を受けたのがここのスープカレーだった。
ちょっとWebサイトの文章を拝借。
「医食同源」これがマジックスパイスの永遠のテーマ、座右の銘。
毎日の「食」から元気になる。小さな新発見から大きな感動と幸福感を得るためのマジスパからの食提案です。
今や全国に知れ渡っているスープカレーという呼び名は、マジックスパイスが発祥です。
マジックスパイスのカレーは辛さが7段階あり、それぞれ覚醒、瞑想、悶絶、涅槃、極楽、天空、虚空といった呼び方をしている。私はだいたい6番目の「天空」か、たまに最高ランクの「虚空」を頼んでいた。
激しい辛さと発汗とともにじわじわ上昇する高揚感、そして食べ終えたあとのさわやかに抜けるような覚醒感と爽快感。
戦慄のスープカレー初体験であった。
ピカンティ(札幌市北区)
古代の記憶が目覚めるスピリチュアル香辛料秘境
で、「マジックスパイス」のスープカレーを体験して以来、ずっと本場・札幌のスープカレーにあこがれていたんだけど、札幌在住の友達におすすめされて行ってみたのがこのピカンティ。外観や内装はマジックスパイスほどギラギラしてなくて比較的おとなしめなんだけど……
ピカンティ・スパイスの世界でたわむれる身を委ねて
思う存分堪能するスープカリィ。
神髄に触れる瞬間。それはひとつになる健康志向!
バランス良し。体に優しい野菜がいっぱい。スパイシーな刺激を脳に……
潜在意識の顕在、エキゾチックな美味しさ、遺伝子に刻まれた記憶!
スパイスは植物からできているんです。
未知からの贈り物スープカリィ。進化系ピカンティをよろしくです。
どうでしょう。
独特の言語センスというか、もと編集者としては「てにおは」がおかしいとか主語と述語が対応してないとかツッコミたくなるんだけど、野暮なことは言いっこなし。
最後に突然ですます調で語りかけて「よろしくです」で締めるところとか、なんというか、すばらしいカレーポエムだと思います。
もうひとつ、別のページの文章。
美味しいものを食べて平和に暮らすありがたさ
手を取り合いながら思いやりを大切に
私たちの食や生命を思考できる感謝……
それは宇宙を解き明かす小さな鍵のひとつ
人類が未来への旅を続けていくのなら
すべてつながっていることを忘れないこと
はい。手を合わせて拝みたくなるような金言ですね。
ピカンティはスープの味が3種類あって、それぞれ「38億年の風」「開闢」「アーユルヴェーダー薬膳」という、これまたスピリチュアルな名称ではあるが、その大仰な命名を裏切らないスープとスパイスの絶妙な組み合わせ。
マジックスパイスほどピーキーではないけど、いままで食べてきたスープカレー店のなかでも横綱級のうまさだと思う。店内のBGMがサイケデリック・ロックなのも非常に私好み。
スープカリーイエロー(札幌市中央区)
クールなスパイスでぶっとばせ 洗練度&オシャレ度ナンバーワン
yellow1996.comここも激しくオススメしたい名店。
店に入ると洗練されたDJバーのような内装が強烈なインパクト。壁には地元札幌のヒップ・ホップ・アーティスト、ザ・ブルー・ハーブやマイク・ジャック・プロダクションのレコードが飾られており、店内にはチル&ドープなダンス・ミュージックが流れている。
ちょっとWebから引用。
札幌に数あるスープカリー専門店の中で唯一、高圧釜を使用してスープをとっています。130℃、3.2気圧で素材の旨味を逃すことなく100%抽出したスープはまさに唯一無二の異次元スープ。
そんな感じで味のほうもじつにオシャレ。異次元スープのうまさもさることながら、大胆かつ繊細なスパイス使いがじつに見事。最初にガツンとくる粗挽きスパイスのあとに、深みのあるスープと念入りに調合されたスパイスの香りと味わいがやってくる、じわじわと余韻を引くタツジンのワザマエ。
特筆したいのは盛りつけが非常に美しいこと。カレーが席に運ばれてくると、しばらくうっとり見とれてしまいます。スープカレーをアートに高めた店といっても過言ではないと思う。
村上カレー店プルプル(札幌市中央区)
ラスタでドープな魔窟ちゃん 個人的イチオシ
www5d.biglobe.ne.jpクセが強いスープカレー店のなかでも、ここは3本の指に入るんじゃないでしょうか。
名物の「ナット・挽肉ベジタブル」(写真)は、納豆というクセの強い材料を、絶妙なスパイス使いで見事にその味を引き出し、食べはじめたらやめられない中毒性があります。これまた名物の「ラムキーマ青汁カレー」も、クセが強い材料同士をかけあわせて絶品のカレーに仕上げている。
ここの魅力は、まず値段が安い! スープカレーは1500円超えなんてのがざらにあるけど、ここはランチの基本料金が850円、夜は1050円と驚きの安さ。毎日でも食べたくなる。
店内にはボブ・マーリーのポスターが貼られ、店主の村上さんがこよなく愛するレゲエが流れており、レゲエ特有のどっしりしたベースの重低音を浴びながら滋養分たっぷりのカレーを味わう時間と空間は至福というほかない。
そんなこんなでいいことずくめの村上カレー店プルプルだけど、最大の弱点がある。それは「料理の写真がまずそうなこと」
ナット・挽肉ベジタブルは食べると最高にうまいんだけど、写真だけ見るとなんかツブツブが入ったどんよりした汁に野菜の切れっぱしが皿に入っている。
ときどき出てくる人気メニューの「タンドリーさんまカレー」は、タンドリーで焼き上げた香ばしいサンマとスープ、スパイスのブレンドが絶妙な味わいなんだけど、まーしかし、写真だけ見ると「泥水に死んだ魚が浮かんだような液体」としか形容できない。
さらに、Webサイトがダサい。Webサイトというかふた昔前の「ホームページ」なんですよ、見た目が。店主の村上さんは屈指のカレーマニアで、道内のカレー店を食べ歩くコラムも読み物として非常におもしろい。ただ黄色の背景にライトグリーンの文字とか使ってまして、読んでると目がチカチカします。
あとは、あー、店内の雰囲気が魔窟っぽい。彼氏彼女との初めてのデートには絶対おすすめしません。
あともうひとつケチをつけると、メニューが昔のワープロで打ったような文字とレイアウトで、これもダサい。
まーしかし、そういった欠点を補ってあまりある、というかそれすら魅力に思えてくるマジカルパワーがこの村上カレー店プルプルにはあるので、ぜひ足を運んでみてください。というか、一緒に行きましょう。
スリランカ狂我国(閉店・札幌市中央区)
ルーツ・オブ・スープカレー 伝説の名店
1984年開店。札幌のスープカレー店ではもっとも古い部類に入る。というか、当時は「スープカレー」という名前もなかった。
札幌スープカレーの起源については諸説あるけど、この「スリランカ狂我国」は間違いなくその始祖のひとつ。閉店と再開を繰り返しており、2013年に「激辛のスリ狂」という名前で再スタートし、その後屋号を「スリランカ狂我国」に戻すも、2017年には再度閉店。残念ながらいまは食べることができない。
スリランカ狂我国の特徴は、とにかくシンプル。あっさり。そして奥が深い。基本はチキンのスープとスパイスのみ。開闢以来さまざまな方向に枝分かれしていったスープカレー店のルーツといえる味だった。
村上カレー店プルプルの店主・村上さんはこの「スリランカ狂我国」をこよなく愛しており、たしかにプルプルのカレーにはスリランカ狂我国の味わいとスピリットを感じます。
ATMAN(札幌市中央区)
闇の司祭が供するスパイスの秘術
atmancurry.shopinfo.jpすすきのにある夜のみ営業のお店。
ここの店主はスパイスの研究家というか求道者というか、ブラックカレーの鼻田じゃないけど、むちゃくちゃカレーの奥義を極めてます。
ひとくち味わうとそのインパクトと奥深さに引き込まれ、いつのまにかスプーンが皿と口のあいだを往復してしまう。
メニューは日替わり。旬の食材の選定からスパイスとスープの凝りに凝った調合、さらには芸術的な盛りつけまで、技術点は数あるスープカレー店のなかでもトップクラス。
食べ後わったあとの恍惚感と忘我の境地は筆舌に尽くしがたい。
そのほか おいしかった札幌のお店
gopのアナグラ(西区)
ここは前述した「スリランカ狂我国」に近い味。基本はシンプルで、派手さはないけど深みのある味わいで食べ飽きない。スープカレー店の店主はアクの強い人物が多いけど、ここのgopさんは柔和で温厚な方で、店内のどこか懐かしいアットホームな雰囲気も魅力です。
Soul Store(中央区)
SOUL STORE | 北海道札幌市狸小路6丁目のスープカレー屋 | 北海道産野菜をふんだんに使用したスープカレー
ジャズやファンク、ソウル・ミュージックがかかっているオシャレな店。スープカリーイエローはクールだけど、このSoul Storeはウォームな感じ。マイルドで滋味溢れるスープが癖になるおいしさで、でっかい揚げゴボウが名物。
ルッカパイパイ(豊平区)
A.Luckyhill (@a.luckyhill) • Instagram photos and videos
「ルッカパイパイ」という店名は、ごぞんじニューオーリンズのミーターズが由来。店内にはごきげんなソウルやファンクがかかっていて、カレーもまさにソウルフードといった趣。旨味と辛さとスパイスのバランスが絶妙で、トガったヤバさではなく健康的な滋味があり、元気が出ます。
そのほか、ベンベラネットワークカンパニー、カンクーン、らっきょ、奥芝商店、Soup Curry TREASUREも好きなお店です。
食べるサブカルチャー:音楽と密接に結びついた独自の食文化
私の好きなスープカレー店には、店主が音楽好きで音楽とのつながりが強い店が多い。
マジックスパイスはアジアンポップス、村上カレー店プルプルはレゲエ、ピカンティはサイケデリック・ロック、スープカリーイエローはアンダーグラウンド・ヒップ・ホップ、ルッカパイパイはニューオーリンズR&B、ATMANはディープなジャズやソウルといった具合。
スープカレーの魅力に目覚めて以来、音楽と密接に結びついた「食べるサブカルチャー」ともいうべき独自の食文化にシビれまくっております。
『Sapporo Soup Curry Music』
マジックスパイス、ピカンティ、スープカリーイエロー、村上カレー店プルプル、ルッカパイパイ、ATMAN……
札幌スープカレーの名店をイメージしたプレイリストを作成しました。
余談なんだけど、最近はスープカレーの自作にチャレンジしている。
南インド屋という札幌のスパイス通販専門店で、独自のレシピで調合された魔法のスパイスをあれやこれや買い込んで、なかなかいい感じのスープカレーを自作できるようになってきた。
今後はいろんなスパイスや食材を使ったアレンジに挑戦したいな〜。
それじゃ、また。