追悼・鮎川誠

※『remix』2004年6月号に掲載したリミックス・アルバム『Electrokkets』紹介記事から、鮎川誠とシーナ&ザ・ロケッツにまつわるテキストを抜粋しました。

デルタ・ブルーズとニューウェイヴ

 昨年、結成25周年を迎えたシーナ&ザ・ロケッツは、鮎川 誠のソリッドなギターと、シーナのハスキーな歌声をトレードマークに、78年のデビュー以来、つねに日本のロック・シーンの第一線を疾走してきた。

 「日本のロックを代表するバンドのひとつ、シーナ&ザ・ロケッツ」といっても、おそらく本誌読者の大半は彼らについてほとんど知らないだろうから、まずはその活動歴をざっと紹介しよう。シーナ&ザ・ロケッツは78年に博多で結成された。ヴォーカリスト、シーナのネーミングの由来は、ラモーンズが77年に発表した“Sheena Is A Punk Rocker”から。いうまでもなくラモーンズはNYパンクの元祖で、このエピソードからも、シーナ&ザ・ロケッツが当時のパンク・ムーヴメントから多大な影響を受けたバンドだということがわかる。
 だが、彼らはいわゆるパンク・バンドではない。ここで、シーナ&ザ・ロケッツの音楽的背景を語る上で欠かせない、サンハウスというバンドについて触れておきたい。鮎川 誠が在籍していたこのバンドの名前は、ミシシッピ・デルタ・ブルーズの伝説のミュージシャン、サン・ハウスから取られている。サンハウスの音楽性は、バリバリのブルージーなロックンロールで、のちにシーナ&ザ・ロケッツの代表曲となる“Lemon Tea”もこの時期に演奏されている。些細なようで重要なのが、この鮎川氏の出自である。なぜか?
 英米におけるパンク・ムーヴメントは、それまで主流だったブルーズ/R&B経由のロックンロールとは断絶していた。過去の音楽に対する伝統回帰的なアプローチは、パンク/ニューウェイヴの文脈では「オールド・ウェイヴ」と呼ばれ、否定されるべきものだった。だが、ブルーズ/R&Bへの深い理解と愛情をもつ鮎川氏のメンタリティは、パンク・バンドの連中よりも、むしろヤードバーズキンクスといった60年代のブリティッシュ・ビート・バンドや、パンク前夜の75年にデビューし、ソリッドなブルーズ・ロックで名をはせたDr.フィールグッドに近い。
 “Lemon Tea”を例に挙げると、無駄をそぎ落としたバンド・サウンドは明らかにパンク以降のものだが、リフはヤードバーズの“Train Kept A Rollin’”からの引用で、さらに歌詞のモチーフはミシシッピのブルーズマン、ロバート・ジョンスンの“Travelling Riverside Blues”から取られている。ちなみに“Train Kept A Rollin’”のオリジナルは、40~50年代にかけて活躍したジャンプ・ブルーズのタイニー・ブラッドショウ。この“Lemon Tea”のようなブルーズに深く根ざしたロックンロールと、“Baby Maybe”や“Peach Girl”のようなニューウェイヴ直系のポップ・ソングが、ひとつのバンドのなかで違和感なく共存しているところが、シーナ&ザ・ロケッツの最大の魅力であり、多種多様な海外のポップ・カルチャーが無秩序に入り乱れていた80年代の日本で熱狂的に支持された理由でもあると私は思う。

 繰り返すが、パンク/ニューウェイヴの嵐が吹き荒れる英米では、オールド・ウェイヴは時代遅れであり、音楽のみならずライフ・スタイルまでひっくるめて批判の対象だった。だが、日本の洋楽ファンにとっては、こうした海の向こうでの世代抗争は、話のネタにはなれど、さほどたいした問題にはならなかったのではないか。たとえば当時オールド・ウェイヴの代表とされ、パンクスの標的となったローリング・ストーンズでさえ、大半の日本の洋楽リスナーにとってはセックス・ピストルズラモーンズと同じく「イカしたロックンロール」だったはずだ。この英米・日本間での「遅れ」や「ズレ」は、前述したようにシーナ&ザ・ロケッツの音楽性にも大きな影響を及ぼしている。こういった要素は、日本の音楽、ひいては日本文化全体を語る上で重要だと私は考えているのだが、ここで日本文化論をぶつのは本旨ではないので、また別の機会に改めて書きたい。

 ともあれ、パンク/ニューウェイヴの性急なビート感覚は、日本のロック・シーンを大いに揺さぶった。当時、リアルタイムで英米の動きに呼応した日本の先鋭的なロック・ムーヴメントとしては、フリクションリザード町田町蔵らを輩出した「東京ロッカーズ」が挙げられる。また、YMOを筆頭に、プラスチックスヒカシュー、Pモデルらによる国産テクノ・ポップが続出したのもこの時期だった。当時のシーナ&ザ・ロケッツも、この流れに合流している。細野晴臣がプロデュースを手がけた79年の2ndアルバム『真空パック』には、YMOのメンバーが全面参加している。シーナ&ザ・ロケッツとYMO、一見接点がなさそうな両者だが、当時、日本のメインストリームから外れた場所で活動していた洋楽志向のバンド群は、「ニューウェイヴ」というキーワードを接点に、大きなうねりを作りだしていったのだ。

コンピュータはロックンロール・マシンだぜ!

 今回のリミックス企画がスタートしたとき、シーナ&ザ・ロケッツからは即座にOKが出たという。音楽的な冒険を恐れない、彼らならではのリアクションだ。このリミックス・アルバムでシーナ&ザ・ロケッツに興味をもった人には、ぜひオリジナル・アルバムを聴いてほしいが、できれば一緒に鮎川 誠の著書『DOS/Vブルース』(幻冬舎文庫)も読んでみてほしい。この本には、初めてパソコンを購入した鮎川氏が、数々の悪戦苦闘の果てに、ついには愛器ギブソンレスポールのごとくパソコンを自在に使いこなし、ウェブサイト(www.rokkets.com)を開設するまでの体験が記されている。ここで鮎川氏は、パーソナル・コンピュータを「こいつはたいしたロックンロール・マシンだぜ!」と言いきっている。かっこいい!

www.gentosha.co.jp

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